「どうしてこれくらいやってくれないんだ」「自分ならもっと考えて動くのに」と、部下や社員に対して感じることはないでしょうか。
他人に厳しい人ほど、実は自分自身にも高い基準を課しており、その「自分ならやる」を周囲にも求めてしまうことがあります。しかし、他人の考え方や行動を完全にコントロールすることはできません。
本記事では、期待と約束の違いやアドラー心理学の「課題の分離」をもとに、社員への過度な期待を手放し、経営者自身の負担を軽くする考え方を紹介します。
「どうしてやってくれないんだ」と思うことはありませんか
経営をしていると、「どうしてこれくらいやってくれないんだ」と感じる場面は少なくありません。
- 何度も伝えたはずなのに、同じミスを繰り返す
- こちらが先回りして考えているのに、社員は言われたことしかやらない
- 自分なら当然気づくことに、なぜ気づかないのか
このような積み重ねが続けば、つい相手に厳しい言葉を向けたくなることもあるでしょう。
特に、創業者や長く経営を続けてきた方ほど、会社に対する責任感は強いものです。売上や資金繰り、社員の生活、取引先との関係まで背負いながら判断を重ねてきたからこそ、「自分と同じくらい真剣に考えてほしい」と思うのは自然なことです。
しかし、その思いが強くなりすぎると、人間関係のストレスにつながります。
「もっと主体的に動いてほしい」「会社のことを自分ごとのように考えてほしい」という期待が膨らむほど、現実とのずれが目につくようになるからです。
他人に厳しい人は、相手に「自分と同じ基準」を求めている
他人に厳しい人は、単に性格が冷たいとは限りません。むしろ、自分自身にも厳しく、責任感が強い人ほど、知らないうちに同じ基準を周囲にも求めていることがあります。
経営者はその典型です。自分で判断し、自分で責任を負い、必要であれば休日でも仕事をする――そうした働き方を長く続けていると、それが自分の中では「普通」になっていきます。
問題は、その普通が相手にとっても同じとは限らないことです。
「自分ならやる」が基準になっていないか
「自分ならここまで調べる」「自分なら言われる前に動く」「自分なら最後まで責任を持つ」――こうした考え自体が悪いわけではありません。むしろ、高い基準を持って仕事をすることは、経営者にとって大切な資質です。
ただし、その基準をそのまま社員に当てはめると、苦しさが生まれます。
社長と社員では、背負っている責任も、見えている情報も、仕事に対する立場も違います。会社の将来を常に考えている経営者と、担当業務を中心に考える社員が、まったく同じ温度感になるとは限りません。
「自分ならやるのに」と感じたときは、それが会社として必要な基準なのか、それとも自分個人の基準なのかを切り分けてみることが大切です。
期待と約束は違う
社員に対して求めるものをすべて手放す必要はありません。
会社には役割があり、守るべきルールや達成すべき目標があります。担当者として合意した仕事をしなければ、改善を求める必要もあるでしょう。
ここで区別したいのが、「約束」と「期待」です。
たとえば、「毎月10日までに資料を提出する」と決めているのであれば、それは約束です。
一方で、「言わなくても先回りして準備してくれるだろう」「会社の状況を察して動いてくれるだろう」というのは、こちら側の期待にすぎないことがあります。
期待は、自分の頭の中では当然でも、相手には共有されていない場合があります。
共有されていない期待に応えてもらえなかったからといって、相手を責め続けても、人間関係はなかなか良くなりません。
「裏切られた」のではなく、期待した未来にならなかっただけ
人は、期待していた通りの結果にならないと、「裏切られた」と感じることがあります。
「これだけ面倒を見てきたのだから、会社に残ってくれると思っていた」「ここまで任せたのだから、自分と同じように会社を考えてくれると思っていた」と感じる経営者もいるでしょう。
しかし、相手からすれば、その期待を引き受けた覚えがない場合もあります。
裏切られたのではなく、自分が思い描いていた未来と、実際の未来が違っただけかもしれません。
「期待していた未来にならなかっただけ」と考えると、少しだけ相手への見方が変わるにゃん。
他人をコントロールしようとすると経営は苦しくなる
経営者は、会社をより良くするために多くのことを考えています。
- 売上を伸ばすこと
- 利益を確保すること
- 社員を育てること
- 顧客との関係を築くこと
責任が大きいからこそ、「周囲にも自分と同じように動いてほしい」と思うのは自然です。
しかし、他人に厳しい人ほど、知らないうちに「相手を自分の思い通りに動かそう」としてしまうことがあります。
- 社員にもっと主体性を持ってほしい
- もっと会社のことを考えてほしい
- もっと危機感を持ってほしい
こうした願い自体は悪いものではありません。ただし、他人の考え方や感情まで変えようとすると、経営者自身が疲弊していきます。
コントロールできないものに力を使っていないか
経営では、自分で決められることと、自分では決められないことがあります。
- 経営方針を決めること
- 役割分担を見直すこと
- 評価制度を整えること
- 必要な情報を伝えること
一方で、社員が仕事をどう受け止めるか、どれほど会社に思い入れを持つか、どこまで意欲的に働くかは、完全にはコントロールできません。
それにもかかわらず、「もっとやる気を出してほしい」「なぜ自分と同じように考えられないのか」と考え続けると、自分では変えられないものに時間と感情を使うことになります。
経営者のエネルギーには限りがあります。
変えられない相手を変えようとするよりも、伝え方を変える、仕組みを整える、適材適所を考えるといった、自分が動かせる部分に力を使った方が、会社にとっても健全です。
「課題の分離」という考え方
アドラー心理学には「課題の分離」という考え方があります。
簡単にいえば、「それは誰の課題なのか」を分けて考えるというものです。経営に置き換えるなら、仕事内容や期待する成果を明確に伝えることは、経営者や上司の課題です。
一方で、それを受けて本人がどう考え、どう行動するかは、最終的には本人の課題です。
もちろん、社員が約束した業務を行わなければ、会社として指導や評価をする必要があります。ただし、「本人にもっと成長意欲を持ってほしい」「会社を好きになってほしい」といったところまで背負おうとすると、境界線が曖昧になります。
自分が果たすべき役割を果たしたうえで、相手がどう受け取るかまでは相手に任せる――その距離感を持つことで、人間関係のストレスは少し軽くなります。
参考:「課題の分離」が導く人間関係の築き方|医療法人社団 平成医会
期待を手放すことは社員を諦めることではない
「期待を手放す」と聞くと、「社員には何も求めない方がいいのか」と感じるかもしれませんが、そうではありません。
役割を明確にし、必要な成果を求めることは、組織を運営するうえで欠かせません。問題なのは、本人と共有していない期待まで「当然」と考えてしまうことです。
例えば、「この仕事を任せたのだから、経営者目線まで持ってくれるはず」「長く働いているのだから、会社への愛着も強いはず」といった期待は、相手と合意したものとは限りません。
期待を手放すとは、責任を曖昧にすることではなく、約束と願望を分けることです。
「やって当たり前」を一つ減らすと、「ありがとう」が一つ増える
他人への期待が強いと、できなかったことばかりが目につきます。「なぜここまでしかやらないのか」「どうして気が利かないのか」と、不足している部分を探すようになります。
一方で、「やって当たり前」という前提を少し緩めると、これまで見えていなかったものが見えることがあります。
- 毎日出社してくれている
- 顧客に丁寧に対応してくれている
- 自分にはできない仕事を担ってくれている
- 長年会社を支えてくれている
相手は昨日と何も変わっていなくても、自分の見方が変われば、「当たり前」だったものが「ありがたいこと」に変わります。
これは社員を甘やかすという話ではありません。経営上必要な改善は求めながら、それとは別に、相手がしてくれていることをきちんと見るということです。
今日の一歩|部下への「勝手な期待」を一つ捨ててみる
部下や社員に対してイライラしたときは、すぐに注意したり評価したりする前に、「自分はこの人に何を期待していたのだろう」と考えてみてください。
例えば、以下のようなことを考えてみると良いでしょう。
- 言わなくても気づいてほしい
- 自分と同じくらい会社のことを考えてほしい
- 一度教えたことは次から完璧にできてほしい
- 忙しそうにしていたら自発的に手伝ってほしい
そして、その期待が「本人と共有した約束」なのか、それとも「自分の中だけにある期待」なのかを分けてみましょう。
約束であれば、必要に応じて確認や改善を求めるべきです。
一方で、自分の中だけにある期待なら、一つだけ手放してみるのも選択肢です。期待を捨てるというと冷たく聞こえるかもしれませんが、相手を諦めることではありません。
むしろ、曖昧な期待を減らし、必要なことはきちんと言葉にするということです。
部下や社員への期待についてよくある質問
最後に、部下や社員に期待しすぎてしまうときによくある質問をQ&A形式でまとめました。
- 他人に期待してしまう理由は何ですか?
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他人に期待すること自体は、決して悪いことではありません。人は、自分の経験や価値観をもとに、「この状況ならこうするだろう」と予測しながら生活しています。
経営者の場合は、会社への思い入れが強いぶん、「社員も同じくらい真剣に考えてくれるはず」と期待しやすいでしょう。
大切なのは、期待をなくすことではなく、期待と事実を分けることです。
「こうしてくれたら嬉しい」という願望と、「こうすることを合意している」という約束を混同しないようにすると、相手に必要以上に厳しくなることを防ぎやすくなります。 - 経営者はどこまで社員を頼るべきですか?
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経営者がすべてを一人で抱える必要はありません。むしろ、会社を長く続けるのであれば、社員に任せられる仕事を増やしていくことは重要です。
ただし、「頼ること」と「丸投げすること」は異なります。
任せる業務の範囲や権限、求める成果、判断に迷ったときの相談基準などを明確にしたうえで、社員に委ねることが大切です。
「期待」を手放せば、経営は少し軽くなる
他人に厳しい人は、相手に問題があるというより、自分の中にある「こうしてくれるはず」という期待が強くなっている場合があります。
経営者として社員に役割や成果を求めることは必要ですが、共有していない期待まで「当然」と考えると、人間関係も経営も苦しくなります。
約束と期待を分け、自分で変えられることに力を使いましょう。「やって当たり前」を一つ減らせば、「やってくれてありがとう」と感じられる場面が増えます。
それは単に人間関係を穏やかにするためだけではありません。
社員に任せられることを増やし、「自分がすべてを背負わなければならない」という感覚から少しずつ離れていくことは、経営者自身の自由を取り戻すことにもつながります。
いつか事業承継やM&A、あるいは廃業という形で経営を卒業するときにも、会社や社員を自分の思い通りにしようとしない姿勢は、大きな支えになるはずです。
経営でコントロールできることは、思っているほど多くありません。だからこそ、まずは自分の見方と、自分の機嫌から整えてみてはいかがでしょうか。
事業承継や後継者選びについてお悩みの方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。



