従業員の退職は、経営者にとって避けがたく、そして心を大きく揺さぶる出来事です。
裏切られたように感じたり、自分の経営判断を責めてしまったりすることもあるでしょう。
しかし、退職を感情だけで捉えてしまうと、本来得られるはずの学びを見落としてしまいます。
本記事では、従業員が退職する背景や、退職が起きたときに経営者が見直すべきポイントを整理します。
なぜ経営者にとって従業員の退職が辛いのか
事業承継やM&A、あるいは前向きな廃業を検討する局面においても、「従業員の退職」は経営者にとって非常に重く、感情的な負担となりがちです。
理屈では理解していても、心が追いつかないといったこともあるでしょう。
ここでは、経営者にとって従業員の退職が心理的に重くのしかかる理由を解説していきます。
裏切られたと感じてしまう
長年ともに働いてきた従業員ほど、退職の申し出に対して「裏切られた」という感情を抱いてしまう経営者は少なくありません。
給与だけでなく、仕事の裁量や学びの機会など、「できる限りのことはしてきた」という自負がある場合、その思いはより強くなるでしょう。
孤独感を持ってしまう
経営者は常に意思決定の最前線に立ち、最終責任を負う存在です。
その立場ゆえに、弱音や不安を社内で吐き出すことは簡単ではありません。
そんな中で信頼していた従業員が退職を選ぶと、「理解者がまた一人いなくなった」という強い孤独感に襲われることがあります。
特に、中小企業では、経営者と従業員の距離が近く、単なる雇用関係を超えた人間関係が築かれていることも多いでしょう。
その分、退職は戦力の喪失であると同時に、精神的な支えを失う出来事にもなります。
誰にも相談できず、一人で抱え込んでしまうことで、退職対応そのものがより辛いものになってしまうはずです。
自分の経営手腕を責めてしまう
従業員の退職をきっかけに、「自分の経営は間違っていたのではないか」「もっと良い会社にできたのではないか」と、自責の念に駆られる経営者も少なくありません。
特に、従業員や後継者不足による廃業を視野に入れている局面では、退職がその決断を後押しするように感じられ、否定的に捉えてしまいがちです。
しかし、どれほど優れた経営者であっても、すべての従業員の人生を背負うことはできません。
企業のステージや方向性が変われば、合う人材・合わない人材が出てくるのは自然なことです。
退職が起きた=経営が間違っていた、とは限らないにゃん
事業フェーズが変われば、人の入れ替わりが起きるのは自然なことにゃん
従業員が辞める理由
従業員の退職理由は一見すると個人的な事情に見えますが、実際には会社の構造や仕組みが影響しているケースも少なくありません。
特に、従業員の退職が立て続けに起こっている場合や、従業員・後継者不足に悩んでいる場合には、「なぜ辞めるのか」を感情論ではなく、経営視点で整理して捉えることが重要になります。
人間関係
退職理由として最も多く挙げられるのが「人間関係」です。
ただし、これを単純に「相性が悪かった」「仲が悪かった」で片づけてしまうのは、経営者にとってあまりにももったいない対応です。
職場の人間関係の問題は、個人のコミュニケーションの問題ではなく、構造の問題であることも多々あるからです。
例えば、評価基準が不明確なまま上司の裁量に任されていたり、役割分担が曖昧で責任の押し付け合いが起きやすかったりする状況では、従業員が評価されないと不満を持つ恐れもあるでしょう。
このような構造的な問題があると、個々の人間関係に摩擦が生じやすくなります。
経営者が「誰と誰が合わなかったのか」ではなく、「なぜ衝突が起きやすい環境になっていたのか」に目を向けることで、退職理由の本質が見えてくることもあるはずです。
仕事の基準が共有されていない
経営者にとって「当たり前」の仕事の基準が、従業員に十分共有されていないことも、退職につながる要因です。
スピード感や品質レベル、顧客対応の姿勢など、暗黙知のまま運営されている会社は少なくありません。
この状態では、従業員は常に「これで合っているのだろうか」「また怒られるのではないか」という不安を抱えながら働くことになります。
評価の理由が分からず、注意や指摘が属人的になるほど、モチベーションは低下していきます。
結果として、「自分はこの会社に合っていない」という結論に至り、退職を選ぶケースも多いのです。
責任・権限のバランスが釣り合わない
責任だけが重く、権限が与えられていない状態も、従業員が辞める大きな理由の一つです。
現場対応や数字の責任を負わされているにもかかわらず、意思決定はすべて経営者が握っている状況では、従業員は次第に疲弊していきます。
経営者としては「任せているつもり」でも、従業員側から見ると「責任を押し付けられている」と感じられていることも少なくありません。
責任と権限のバランスが取れていない組織は、長期的に人が定着しにくい構造を抱えています。
成長ルート・キャリアプランが見えない
中小企業では特に、従業員の将来像が明確に示されていないケースが多く見受けられます。
「今は忙しいから」「人数が少ないから」と後回しにされがちですが、従業員は常に「この先どうなるのか」を考えています。
昇給や役割の変化など、どのような成長ルートがあるのかが見えないと、安心して働き続けることはできません。
特に、経営陣の交代や廃業、事業承継の可能性がある場合、その情報が共有されていなければ、不安はより一層大きくなります。
結果として、「状況が悪くなる前に、次の道を探そう」と退職を決断することも、決して珍しくありません。
退職を「組織の代謝」と捉えることの重要性
従業員の退職は、どうしてもネガティブな出来事として受け止められがちです。
しかし、事業が成長してきた段階や、経営者の交代や事業承継を検討する経営フェーズにおいては、退職を「失敗」や「問題」としてのみ捉えるのではなく、「組織の代謝」という視点で整理することも重要となってきます。
組織は入れ替わって強くなっていく
人の身体が新陳代謝によって健康を保つように、組織も人の入れ替わりを通じて形を変え、適応していきます。
環境や事業フェーズが変われば、必要とされる役割やスキルセットも変化するからです。
退職は一時的に戦力ダウンのように見えますが、同時に組織を見直す機会でもあります。
退職により、人材の入れ替わりが起こることで、業務フローの無駄や役割の重複、意思決定の遅さなどといった課題が顕在化することもあるでしょう。
属人化からの脱却と考える
従業員の退職が経営に大きな影響を与える場合、そもそも業務が属人化していないか疑いましょう。
特定の人しか分からない業務や口頭でしか共有されていないノウハウ、暗黙のルールに依存した運営体制は、平時には問題なく回っているように見えても、退職をきっかけに一気にリスクとして表面化することもあるからです。
従業員の退職に伴い業務が滞る場合には、業務を棚卸しし、仕組みやルールに落とし込むことを意識しましょう。
特定の人に依存しない組織は、突発的な事態にも対応しやすくなりますし、将来的には事業承継やM&Aにおいてもプラスに働きます。
従業員の退職が起きたときに見直すべき4つのこと
従業員の退職は、感情的な対応に終始してしまうと、組織としての学びが残りません。
一方で、「何を見直すべきか」を冷静に整理できれば、組織を整える貴重な機会になります。
業務フロー
まず見直すべきは、日々の業務フローです。
退職者が抜けたことで業務が滞る場合、「その人がいなくなったから仕方ない」で済ませてしまいがちですが、実際には業務設計そのものに無理があった可能性があります。
- 業務が一人に集中していなかったか
- 手戻りや二度手間が常態化していなかったか
- 属人的な判断に依存していなかったか
こうした視点で業務を棚卸しすることで、簡素化できる工程や、そもそも不要な作業が見えてくるはずです。
退職をきっかけに業務フローを整理できれば、組織全体の生産性向上にもつながります。
権限・判断基準
次に確認すべきは、権限と判断基準の設計です。
例えば、管理職の退職後に「誰が判断するのか分からない」「すべて経営者に判断が集中する」といった状態になっていないでしょうか。
これは、普段から権限委譲や判断基準が曖昧だったサインでもあります。
どこまで現場で決めて良いのか、どのラインから経営判断が必要なのかが整理されていないと、従業員は過度なプレッシャーを感じ、退職の一因にもなります。
マニュアル・引継ぎ方法
退職時に慌てて引継ぎを行うケースは少なくありませんが、そもそも「引き継がなければ回らない状態」自体がリスクともいえます。
業務マニュアルが存在しているか、あっても形骸化していないか、実際に第三者が見て理解できる内容かを確認しておきましょう。
また、引継ぎを個人任せにしていないかも重要なポイントです。
チェックリスト化やテンプレート化を進めることで、退職のたびに対応品質がばらつく事態を防げます。
これは、M&Aにおけるデューデリジェンス対応の観点からも評価されやすいポイントですので、日頃から意識しておくと良いでしょう。
情報共有・コミュニケーション
最後に見落とされがちなのが、情報共有とコミュニケーションの仕組みです。
退職の背景に「聞いていなかった」「知らされていなかった」という不満がある場合、情報の流れそのものに課題がある可能性があります。
- 定例ミーティングの目的が曖昧になっていないか
- 重要な意思決定が一部の人だけで完結していないか
- 経営の方向性が十分に共有されているか
こうした点を見直すことで、残る従業員の不安を抑え、組織の安定につながります。
従業員の退職についてよくある質問
従業員の退職は頻繁に起こる出来事ではないからこそ、経営者にとっては分からないこともあるはずです。
ここでは、実務の現場でよく受ける質問について、経営判断の視点から整理します。
- 正社員は突然やめることがありますか?
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結論から言えば、正社員であっても突然退職することはあります。
法律上は、期間の定めのない雇用契約であれば、原則として退職の意思表示から2週間で退職が可能です。そのため、「引継ぎが終わっていない」「業務が回らなくなる」といった事情があっても、法的には退職を止めることはできません。
ただし、多くの場合「突然」に見える退職の裏側には、従業員なりの葛藤や検討期間があります。
経営者がそのサインを把握できていなかっただけ、というケースも少なくありません。 - 従業員が退職するときにやることはありますか?
-
退職が決まった際には、感情面の対応と同時に、実務面でやるべきことを淡々と進める必要があります。
代表的なものとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 業務内容の洗い出し
- 引継ぎスケジュールの整理
- 社内外の連絡先の確認
- 貸与物の回収
ここで重要なのは、「属人的に対応しない」ことです。
退職のたびに対応が場当たり的になると、引継ぎ漏れやトラブルが起きやすくなります。
退職対応を一つの業務プロセスとして整理しておくことが重要です。 - 従業員が退職するときに言ってはいけないことはありますか?
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退職の場面では、経営者自身も感情が揺さぶられやすくなります。
しかし、「今辞められると困る」「無責任だ」「裏切られた」といった言葉は、たとえ本音であっても口にすべきではありません。これらの発言は、トラブルの火種になるだけでなく、残る従業員にも悪影響を及ぼします。
退職者対応は、その人だけでなく「組織全体に見られている行為」です。冷静で一貫した対応を取ることが、結果として経営者自身の信頼を守ることになります。
今日の一歩:退職者が担当していた業務の振り返りをしてみましょう
今日できる小さな一歩として、退職者が担当していた業務を書き出してみましょう。
「誰が」「どの判断を」「どの情報を使って」行っていたのかを整理するだけでも、属人化や業務の偏りが見えてきます。
この振り返りを行うことで、従業員の退職による感じた気持ちを整理できますし、業務の属人化脱却のためにすべきことを整理できます。
退職という出来事を、次の経営判断につなげるための材料として活用していきましょう。
まとめ
従業員の退職は、経営者個人の失敗や努力不足を意味するものではありません。
多くの場合、組織の構造や事業フェーズの変化が表面化した結果です。
退職を「個人の問題」として処理するのではなく、「組織の代謝」と捉え、業務フローや権限設計、属人化の有無を見直すことが重要です。
感情と事実を切り分け、退職という出来事を、より良い経営判断につなげていきましょう。



