事業が安定しているからこそ、「今のうちに会社売却や事業承継を考えておきたい」と感じる経営者も増えています。
その際、M&Aの現場で必ず論点になるのが「属人化」です。
社長がいなければ回らない会社は、たとえ黒字であっても評価が伸びにくくなるので注意しなければなりません。
本記事では、属人化とは何か、なぜ会社売却で不利になるのかを整理します。
結論:高く売れる会社は「社長がいなくても回る」
会社売却を前提に考えたとき、評価が高くなりやすいのは「社長が現場にいなくても、組織として安定的に利益を生み続けられる会社」です。
言い換えれば、社長個人の経験・人脈・判断力に依存していない会社ほど、M&A市場では歓迎されるともいえます。
事業承継やM&Aは、「これまでの頑張りを誰かに引き継ぐ行為」です。
買い手は、社長が引退した後も同じように事業が回るかを冷静に見ています。
そのため、属人化が強い会社ほど「引き継ぎリスクが高い」と判断され、売却価格や条件に影響が出やすくなるのです。
属人化とは何か
属人化とは、特定の個人がいなければ業務や意思決定が回らない状態を指します。
中小企業では特に、次のようなケースがよく見られます。
- 社長が営業・見積・価格決定をすべて行っている
- キーマンしか業務内容を把握していない
- ノウハウや取引先情報がマニュアル化されていない
- 社長の「勘」や「経験」で経営判断が行われている
創業期や成長期には、属人化は必ずしも悪ではありません。
むしろ、社長の判断力や行動力があったからこそ、会社が成長してきたケースも多いでしょう。
ただし、会社を「売る」「引き継ぐ」というフェーズに入った瞬間、属人化は課題に変わります。
M&Aでは「今いくら儲かっているか」だけでなく、「この先も同じように儲かるか」が重視されるにゃん
特定の人が抜けた瞬間に崩れる会社は、どうしても評価が下がりがちにゃん
なお、属人化は経営者に限ったものではなく、業務全体にいえることです。
過去に行われた企業の属人化調査では7割を超える方が自身の職場に属人化している業務が「ある」と回答したというデータもあります。
参考:【企業の属人化に関する実態調査】70.5%の職場で「あの人がいないと進まない」業務が存在。業務停滞リスクが組織に蔓延する実態が明らかに。|株式会社taiziii
なぜ属人化はM&Aで不利になるのか
これまで会社経営を社長である自分が引っ張ってきたと感じている場合、本当に属人化はM&Aで不利になるのか疑問に思う方もいるでしょう。
属人化がM&Aで不利になる理由は、主に以下の通りです。
- 引き継ぎ後の再現性が低いと判断される
- デューデリジェンスでリスクが顕在化しやすい
- 買い手との交渉力が弱くなる
引き継ぎ後の再現性が低いと判断される
買い手が最も恐れるのは、「社長が辞めた途端に業績が落ちること」です。
属人化が進んでいる会社は、「社長の退任=事業の不安定化」とみなされやすく、将来の利益に不確実性が生じます。
その結果、買収価格を下げられたり、長期間の引き継ぎ義務を求められたりするケースがあります。
デューデリジェンスでリスクが顕在化しやすい
M&Aでは、財務・法務・ビジネス面の調査(デューデリジェンス)が行われます。
この過程で、「この業務は誰がやっているのか」「代替できる人材はいるのか」「仕組みとして回っているのか」といった点が細かく確認されます。
属人化が強いと、以下のようなリスクやデメリットがあると判断されやすいので注意しましょう。
- キーマンの退職リスクがある
- 教育・引き継ぎコストが増える
- 事業のスケール余地が小さい
これらの要素はいずれもM&Aでマイナスの評価をされてしまいます。
買い手との交渉力が弱くなる
「この会社は、社長がいないと回らない」と判断された時点で、売り手側の交渉力はどうしても弱くなります。
本来はポジティブな廃業・売却を目指していても、以下のような結果になることも珍しくありません。
- 希望価格に届かない
- 条件面で妥協を迫られる
- 売却自体を断念せざるを得ない
属人化は、長年会社を支えてきた社長自身の努力の証でもあります。
しかし、その努力を「仕組み」に変えられるかどうかが、会社売却の成否を分けるポイントです。
M&Aを選択肢に入れるのであれば、「社長がいなくても回る状態」を意識した準備を、早めに始めることが重要といえるでしょう。
何個当てはまる?属人化している会社チェックリスト
まずは、自社がどの程度「属人化」しているかを客観的に確認してみましょう。
以下は、M&Aの現場でよく使用される属人化に関する典型的なチェック項目です。
- 社長が主要な取引先との窓口をすべて担っている
- 見積・価格決定の基準が社長の判断に委ねられている
- 営業方法や受注プロセスがマニュアル化されていない
- 特定の社員しかわからない業務が存在する
- 業務引き継ぎを想定した資料が整っていない
- 社長不在時に意思決定が止まることがある
- 数値管理(KPI・原価・利益構造)が属人的に把握されている
- 社長の人脈や信用で成り立っている取引が多い
複数当てはまる場合、M&Aの観点では「引き継ぎリスクが高い会社」と評価されやすくなります。
属人化をなくすためにしておきたい4つのこと
属人化を解消する目的は、「社長の価値を下げること」ではなく、自分が経営を退いた後も会社や事業が上手く回るようにすることです。
具体的には、属人化をなくしていくために、以下のようなことに取り組んでいきましょう。
- 業務を「見える化」し、再現可能にする
- 判断基準をルール化する
- 社長しかできない仕事を減らす
- 社長の役割を「経営」に寄せていく
それぞれ詳しく解説していきます。
業務を「見える化」し、再現可能にする
最初に取り組みたいのは、業務内容の見える化です。
営業や受注、納品、アフターフォローなど、日々当たり前に行っている業務を洗い出し、「誰が・何を・どの順番で」行っているのかを書き出してみましょう。
この段階では、完璧なマニュアルは不要であり、箇条書きや簡単なフロー図でも構いません。
重要なのは、「社長の頭の中にしかない情報」を外に出すことです。
判断基準をルール化する
属人化が進んでいる会社ほど、「その時々の判断」が社長に集中しています。
M&Aでは、この判断基準がブラックボックスだと評価が下がります。
例えば、以下のように判断基準を明確にしておくことが重要です。
- どの条件なら受注するのか
- 値引きはどこまで許容するのか
- 断る案件の基準は何か
こうした判断軸を言語化し、一定のルールとして共有することで、買い手は「社長不在後の経営」を具体的にイメージしやすくなります。
社長しかできない仕事を減らす
M&Aを見据えるなら、「社長でなければできない仕事」を意識的に減らしていく必要があります。
すべてを任せる必要はありませんが、補佐できる人材や仕組みを用意しておくことが重要です。
特に、以下のような業務は社長の手から離し、担当者や業務内容を決めておきましょう。
- 日常業務の承認フロー
- 定例的な顧客対応
- 数値管理やレポーティング
これらの業務を分散できると、会社全体の安定性が高まり、評価にもプラスに働きます。
社長の役割を「経営」に寄せていく
社長自身の役割を「現場のプレイヤー」から「経営の意思決定者」へと移していくことも重要です。
これは、M&Aを前提とした場合、買い手にとって非常に安心材料になります。
「この会社は、社長が抜けても組織として機能する」と評価されれば、売却価格や条件面でも有利に交渉しやすくなるでしょう。
属人化の解消は、一朝一夕では進みません。
しかし、ポジティブな廃業・会社売却を実現するための準備として、早めに取り組む価値は十分にあります。
会社の属人化に関するよくある質問
ここでは、会社売却やM&Aを検討し始めた段階で、「属人化」に関し、多くの経営者から共通した質問を回答と共に紹介していきます。
- 属人化をなくす方法はありますか?
-
完全に属人化をゼロにすることは、現実的には難しいケースもあります。
しかし、M&Aにおいて重要なのは「ゼロにすること」ではなく、「引き継げる状態にしておくこと」です。
具体的には、業務内容を文書化・簡易マニュアル化したり、判断基準や意思決定プロセスを言語化したりすることで、属人化を緩和できます。
- 事業売却をすると社員はどうなりますか?
-
「会社を売る=社員が解雇されるのではないか」と不安に感じる経営者は少なくありません。
しかし、M&Aの多くのケースでは、社員の雇用継続を前提として進められます。
特に、事業として安定した収益があり、組織として機能している会社ほど、買い手にとって社員は重要な資産です。そのため、以下のような条件が売却契約に盛り込まれるケースも多々あります。
- 雇用条件の維持
- 役職や処遇の継続
- 業務内容の大きな変更なし
今日の一歩:自分しかできない業務をリストアップしよう
属人化対策は、大がかりな改革から始める必要はありません。
まずは、「自分しかできない」と思っている業務を書き出すことから始めてみましょう。
例えば、以下のような業務のうち、自分の手から離すことができるものはないでしょうか。
- 特定の取引先との折衝
- 見積や価格決定
- 重要な意思決定
- 数値管理や資金繰り判断
こうした業務を洗い出すだけでも、「どこが属人化しているのか」が見えてきます。
その上で、誰かに任せられそうなものはないか、判断基準を共有できないかと考えていくと、徐々に属人化を解消可能です。
まとめ
会社売却で評価されるのは、社長個人の能力ではなく「社長がいなくても回る仕組み」があるかどうかです。
属人化は多くの中小企業が抱える共通の課題ですが、業務の見える化や判断基準の整理など、少しずつ改善していくことは十分可能です。
重要なのは、属人化を完全になくすことではなく、引き継げる状態に整えておくことです。
それが、より良い条件でのM&Aや、社員を守る事業承継につながります。
まずは自分しかできない業務を書き出すところから、将来に向けた準備を始めてみましょう。



