会社売却を検討する中で、「トラブルがある状態でも進めてよいのか」「正直に話すことで不利にならないか」と悩む経営者は少なくありません。
特に、経営難や後継者不足などやむを得ない廃業ではなく、前向きな選択として会社売却を考えている場合ほど、交渉を壊したくないという思いから、不安を抱え込んでしまいがちです。
本記事では、会社売却時に起こりやすいトラブルの考え方や、問題になりやすいケース、なりにくいケースについて解説します。
なぜ会社売却時にトラブルを隠したくなるのか
会社売却を検討する経営者の多くは、「できるだけ良い条件で売りたい」「円満に次のステージへ進みたい」という思いを持っているのではないでしょうか。
一方で、未払残業代の可能性や古い契約書の不備、特定の取引先への依存など大小さまざまな懸念点を抱えているケースも少なくありません。
こうした状況の中で、「これは言わなくてもいいのではないか」「今さら出すと話がこじれそうだ」と感じ、トラブルやリスクを伏せたくなる心理が働くのも無理はありません。
ここでは、経営者がトラブルを隠したくなる代表的な理由を整理します。
売却額が下がりそうと感じる
最も多いのが、「正直に話したら会社の評価が下がり、売却額が下がるのではないか」という不安です。
M&Aでは、財務内容や事業の将来性だけでなく、潜在的なリスクも含めて企業価値が判断されます。
そのため、過去の労務問題や法的リスク、業務上の属人化などが明らかになれば、買い手が慎重になるのは事実です。
経営者としては、長年積み上げてきた会社を「欠点込み」で評価されることに、感情的な抵抗を覚えるのも自然なことでしょう。
「ここまで頑張ってきたのに、マイナス要因ばかり見られるのは納得がいかない」と感じ、つい不都合な点を小さく見せたくなってしまうのです。

交渉が決裂しそうと感じる
次に多いのが、「問題を出した瞬間に、話自体が白紙になるのではないか」という恐れです。
特に、初めて会社売却を経験する経営者ほど、買い手との関係を壊すことを強く警戒します。
デューデリジェンスの途中でトラブルを開示すれば、「信用を失うのではないか」「怒らせてしまうのではないか」と考えてしまうのです。
また、売却を決断するまでに相当なエネルギーを使っているため、「ここまで来て話が流れるのは避けたい」という心理も働きます。
その結果、交渉をスムーズに進めることを優先し、あえて触れない選択をしてしまうケースも見受けられます。
「黙っていればばれないのではないか」と考えてしまう
人間的かつ現実的な理由の一つが、「おそらく大きな問題ではないだろう」「細かいことなので気づかれないのではないか」と、楽観的に判断してしまう点です。
過去に大きなトラブルに発展しなかった事項や、日常業務の中で半ば慣習化している運用については、経営者自身がリスクとして強く認識していないこともあります。
しかし、経営者にとっては「些細なこと」でも、買い手にとっては意思決定に影響する重要事項と判断される可能性があるので、注意しなければなりません。
会社売却で本当に問題になるトラブルの例
会社売却において重要なのは、「トラブルがあるかどうか」そのものよりも、それが企業価値や売却条件、交渉継続性のどこに影響するのかを正しく見極めることです。
すべての問題が致命的になるわけではなく、性質によって対応の仕方も変わります。
ここでは実務上よく見られるトラブルを、影響の度合いごとに整理します。
売却金額に影響するケース
売却金額に直接影響しやすいのは、将来のキャッシュフローや損失発生リスクに直結するトラブルです。
代表的なものは、下記の通りです。
- 未払残業代や社会保険未加入などの労務リスク
- 係争中または潜在的な訴訟リスク
- 売上が特定の取引先に過度に依存しているリスク
これらは、買収後に実際の支出として顕在化する可能性が高いため、買い手は売却価格の減額や、表明保証条項・補償条項の強化によって調整しようとすることが多いでしょう。
売却金額には影響しないものの丁寧な説明が必要なケース
一方で、売却金額そのものには直結しないものの、説明不足だと不信感につながるトラブルも存在します。
具体的には、以下のようなトラブルは買い手に対して、丁寧な説明が求められます。
- 過去にすでに解消済みのクレーム
- 金額的に軽微な税務指摘事項
- 業界慣行に基づく特殊な取引条件
これらは、事業継続に大きな支障をきたすものではないため、合理的な説明ができれば価格調整の対象とならないケースも多くあります。
ただし、「なぜ問題にならないのか」「今後同様の事態が起こらない理由」を論理的に説明できない場合、買い手がリスクを過大に評価し、不要な条件調整につながる恐れもあります。
会社売却の交渉そのものが決裂しそうなケース
深刻なトラブルを抱えている場合や、トラブルを隠していて買い手に不信感を持たれる場合には、会社売却の交渉そのものが決裂することもあります。
特に、以下のような問題を抱えている場合には、売却が成立しない可能性が高いでしょう。
- 粉飾決算をしている
- 意図的に情報を隠蔽している
- 事実と大きく異なる説明をしている
このような事実が発覚すると、買い手は「他にも隠していることがあるのではないか」と疑い交渉自体が打ち切られる可能性があります。
会社売却を成功させるためには、どのトラブルがどのレベルの影響を持つのかを冷静に整理し、適切なタイミングと方法で開示・説明することが欠かせません。
実務上、交渉が決裂するケースの多くは、トラブルそのものよりも「情報の出し方」や「説明の一貫性」に原因があるにゃん
逆に言えば、事前に専門家と一緒に論点を整理しておけば、過度に恐れる必要はないにゃん
会社売却時にトラブルを開示した方が良い理由
会社売却を検討する際、「できれば問題は伏せておきたい」と感じる経営者は少なくありません。
しかし実務の現場では、トラブルを適切に開示した方が、結果として売却を有利に進められるケースが多いのが実情です。
ここでは、なぜトラブルを開示した方が良いのか、その実務的な理由を整理します。
買い手は想定内のリスクであれば受け入れる傾向がある
買い手は、会社売却において「リスクが一切ない会社」を探しているわけではありません。
むしろ現実的には、どの会社にも一定のリスクが存在することを前提に、許容可能かどうかを判断しています。
そのため、売り手側が事前にトラブルや懸念点を整理し、以下のようなことを説明できれば、買い手はリスクを織り込んだうえで検討を進めます。
- 内容
- 影響範囲
- 発生頻度
- 今後の対応策
一方、後からトラブルが判明すると、内容の大小にかかわらず「想定外のリスク」として扱われます。
想定外であるがゆえに、買い手はリスクを過大評価し、価格の大幅な引き下げや、厳しい補償条件を求める傾向が強まります。
買い手との信頼関係が価格や売却条件に影響してくる
会社売却は、単なる価格交渉ではなく、信頼関係を前提とした長期的な取引です。
特に、中小企業のM&Aでは、売却後も一定期間、前経営者が事業に関与するケースが多く「この人を信頼して、一緒にやっていけるか」という視点が重視されます。
トラブルを正直に開示し、背景や経緯を丁寧に説明する姿勢は、買い手に安心感を与えます。
「この経営者は都合の悪いこともきちんと話してくれる」「情報の透明性が高い」という評価は、交渉全体に好影響を及ぼすでしょう。
その結果、多少のリスクがあっても、価格や条件面で柔軟な対応を引き出せることがあります。
一方で、重要事項の後出しや説明の変遷があると、買い手は「他にも隠していることがあるのではないか」と疑いを持ちます。
この不信感は、価格交渉だけでなく、クロージング直前での条件変更や、最悪の場合は交渉中止につながりかねません。
会社売却時にトラブルがあるときの正しい伝え方
会社売却においてトラブルを開示することは重要ですが、「何でもそのまま話せばよい」というものではありません。
伝え方を誤ると、必要以上に不安を与えたり、リスクを過大評価されたりする可能性があります。
ここでは、トラブルがある場合に意識すべき正しい伝え方のポイントを解説します。
事実を正確に伝える
まず最も重要なのは、事実を正確に伝えることです。
推測や感情を交えず、以下のような情報を客観的に整理して伝えましょう。
- 何が起きているのか
- いつ発生したのか
- 金額や影響範囲はどの程度か
例えば、労務トラブルであれば、対象となる従業員数や想定される支払い金額、現在の法的な位置づけなどを明確にする必要があります。
一部を曖昧にしたり、都合の良い解釈だけを伝えたりすると、後の調査で齟齬が生じ、信頼を損なう原因になります。
経緯を丁寧に伝える
次に重要なのが、トラブルに至った経緯を丁寧に説明することです。
単に「問題があります」と伝えるだけでは、買い手は最悪のケースを想定してしまうからです。
一方で、「どのような背景で発生し、なぜ当時は問題化しなかったのか」「経営判断としてどう考えていたのか」を説明することで、リスクの性質が具体化されます。
特に、中小企業では、人的・資金的制約の中で最善を尽くしてきた結果として、現在の課題が残っているケースも少なくありません。
そのような判断プロセスを共有することで、買い手は経営の合理性を理解しやすくなります。
現在行っている対策を伝える
最後に欠かせないのが、現在行っている対策や、今後の改善見込みを伝えることです。
トラブルが「放置されている問題」なのか、「管理下に置かれている課題」なのかで、買い手の受け止め方は大きく変わってきます。
例えば、以下のように具体的な対策を伝えられると、買い手もリスクを見積もりやすくなるでしょう。
- 専門家への相談状況
- 社内ルールの見直し
- 契約書の整備
会社売却時にトラブルが起きているときによくある質問
会社売却を検討している経営者からは、「トラブルがある状態でも本当に進めてよいのか」という不安を前提とした質問が多く寄せられます。
ここでは、実務の現場で特によくある質問について、冷静な視点で整理します。
- 会社を売却したら社員はどうなりますか?
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原則として、会社売却(株式譲渡)の場合、社員の雇用契約はそのまま引き継がれます。
労働条件も自動的に消えるわけではなく、買い手は既存の雇用関係を前提に会社を引き継ぎます。そのため、売却そのものを理由に一方的に解雇されることは通常ありません。
- 会社を売却したら社長はどうなりますか?
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会社売却後の社長の立場は、売却条件によって大きく異なります。
すぐに退任するケースもあれば、一定期間は代表や役員として経営に関与し、引き継ぎを行うケースもあります。特に、中小企業では、社長の存在そのものが事業価値と結びついていることが多く、段階的な退任が一般的です。
- M&Aが上手くいかないときの理由はなんですか?
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M&Aがいかない理由として多いのは、トラブルの存在そのものではなく、情報の出し方やタイミングに問題があるケースです。
- 重要事項の後出し
- 説明内容のブレ
- 事実関係の不明確さ
特に、上記のような問題が起きると、買い手の不信感を招きやすく、交渉決裂の大きな要因となります。
一方で、リスクが整理され、専門家の見解を踏まえて説明されている案件は、多少の問題があっても交渉が前向きに進む傾向があります。
今日の一歩:顧問弁護士に現在の係争案件を整理してもらいましょう
会社売却を見据えた第一歩として有効なのが、顧問弁護士に現在の係争案件や潜在的なリスクを整理してもらうことです。
実際に訴訟へ発展する可能性が低いものであっても、「気になっている事項」を一度専門家の目で確認しておくことで、過度な不安を手放すことができます。
また、法的な観点からリスクを言語化することで、「どこまでが問題で、どこからが経営判断の範囲か」が明確になります。
これは、買い手への説明資料を作るうえでも大きな助けとなるはずです。
こうした整理は、顧問弁護士だけでなく、税務・会計面を含めて専門家と並行して行うことで、より実務的な判断が可能になります。
まとめ
会社売却において重要なのは、トラブルの有無そのものではなく、それをどう整理し、どう伝えるかです。
トラブルやリスクの内容によっては、売却金額や交渉継続に影響を及ぼすものもあります。
しかし、隠していたトラブルが明らかになると、買い手から不信感を抱かれ、交渉が上手くいきにくくなってしまいます。
買い手も購入を検討している会社や事業に対して、一つもトラブルやリスクがないとは考えていないことがほとんどです。
買い手側は想定でき、管理できるリスクであれば受け入れる姿勢を持っています。
事実や経緯、対策を丁寧に言語化し、透明性をもって向き合うことが、結果として信頼関係や売却条件の安定につながります。
前向きな会社売却のためにも、早い段階で専門家とともに不安を整理していくことが重要です。



