売却・事業譲渡をせずに廃業を選ぶ人たち

円満廃業ドットコム:売却・事業譲渡をせずに廃業を選ぶ人たち

中小企業庁の試算によれば、2025年までに、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人で、うち約半数の127万(日本企業全体の1/3)が、後継者が決まっていないとされています。このまま現状を放置すると、中小企業・小規模事業者廃業の急増により、2025年までの累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があり、同庁はさまざまな対策を打ち出しています。

そのような中、事業承継や事業譲渡の可能性がありながら、あえて廃業を選択する中小企業の経営者たちもいます。なぜ廃業という道を選んだのか、経営者たちの事情を取り上げます。

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事業譲渡をしても引退できない

中部地方で陶磁器を製造する嶋田元さん(仮名)は絵付けの職人としての顔も持ち、嶋田さんの絵に対する評判で顧客の評判を得ていました。嶋田さんが事業の譲渡先を探し始めた時、幸いにすぐに手を挙げてくれた会社が複数社ありました。

ところが、どの会社も嶋田さんにそのまま残ってもらうというロックアップ条項を提示してきました。会社に付けられた価値の大部分は嶋田さん個人に対する価値だったのです。「私も75歳という高齢です。引退を考えているのに、どこも譲渡先で3年残ることが条件でした。私を認めてくれているのは嬉しいですが、もうあと3年やり続ける気持ちは、引退を決めた時にすでにありませんでした」と嶋田さんは説明します。

社長の顔で持っている事業に関しては、引継ぎが非常に難しい側面があります。譲渡の際に引き継ぐ必要があるものの、それが現実的でないことは、嶋田さんも理解していました。嶋田さんは「後継者育成を怠ったことで、引退時に自分の首を絞めることになりました」と言います。

事業を引き受ける会社としても、嶋田さんに残ってもらって後継者を育成してもらうことを必須条件としたのは譲れないところでした。こうして、嶋田さんは自分の引退を優先して、事業譲渡をすることなく廃業を選びました。

二束三文で他人の手に渡るくらいなら…

事業を引き受けてくれる会社が現れたとしても、その値付け次第で廃業してもよいと考えたケースもあります。社員10人を抱えて印刷業を営む都築幸太郎さん(仮名)は、固定客を持ち、印刷業界が振るわない中も頑張ってきました。

そんな都築さんも高齢になり、事業を引き渡す先をようやく探し始めました。「本当はもっと時間をかけて後継者を育てていけばよかったと後悔しています。後継者育成をやらなかったわけではありませんが、後を継げそうな人は育ちませんでした」と都築さんは説明します。

なかなか事業を引き受けてくれる先がない中、ようやく1社が名乗りをあげました。名乗りを挙げたのは、都築さんの会社よりは少しだけ規模の大きな、同業退社の中小企業でした。その会社が提示した買い取り価格は300万円。都築さんはその金額を聞いて事業譲渡という決断を出すことはできませんでした。

「それなりにお客さんも付いていました。かれこれ35年やってきて、これまで自分が作ってきた事業がたったの300万円かという思いです。買収する側としては、従業員の給料や設備維持など、固定費がかかり続けることを考慮すると300万円が精一杯だったのかもしれません。自分が築き上げたものが300万円程度で他人の手に渡るくらいなら、いっそのこと廃業しよう考えました」(都築さん)。

都築さんとって、事業は自分のアイデンティティでもありました。それが安い金額で他人の手に渡り、自分の手の届かないところで変わっていってしまうくらいなら、自分の証としてこのまま廃業して終えることを選択したのです。「手塩にかけて育てたわが子のようなものが他人の手に渡るのが悔しいという気持ちがあったのだと思います」と都築さんは振り返りました。

売却・事業譲渡を選ばずに廃業を選択した人たちは、自分のその後の人生や価値観に沿って決めています。何を大事にするかを考えて、売却・事業譲渡ではなく廃業を選んだ人たちもいるのです。

 エマニャン

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円満廃業ドットコム 編集部

会社経営において、終わり方に迷いを持たれる経営者は数多くいらっしゃいます。廃業にまつわる「何をすれば良い」「本当に廃業すべきか分からない」といった様々な不安をクリアにし、これまで努力されてきた経営者が晴れやかなネクストキャリアに進めるように後押しします。

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